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No.01 山本 祥太(H26 Bコース)

研修医NO.01 山本 祥太(やまもと しょうた)

プロフィール

 










 ◉1987年 北海道旭川市生まれ

 ◉帯広柏葉高校卒業後、北大医学部入学

 ◉2014年3月 同大卒業


  
 山本先生は初期臨床研修の2年目。1年目に「たすきがけ」の協力病院から研修のスタートを切った。所属の北大病院卒後臨床研修センターの研修標準プログラムで、いわゆるBコースを選択。札幌市東区の天使病院で外科、救急、内科、産婦人科、麻酔科を周り医者人生の一歩を踏み出した。

 外部の協力病院で研修を先に受けたことで、いわゆる大学病院での研修はどのように感じているのだろうか。プラス面、マイナス面も含め忌憚の無い話をうかがった。

 

大学時代の活動が、今の進路の選択に大きく影響


 人生には多くの岐路と出会いがある。逆に言えば、岐路の選択と出会いの積み重ねが人生といえるかもしれない。

 山本先生は、幼稚園児の時から「医者になる」と明言していたそうだ。目的意識をはっきりさせた言い方に親も驚いていたという。

 父が麻酔科医だったことも大きく影響しているが、母親と父があまりにも幸せそうな生き方をしていたので、それに見習うべく自然と父の背中を追いかけようになった。

 しかし現実はそう甘くはなかった。思いとは裏腹に受験は厳しく、現役で医学部への合格は果たせなかったばかりか、一浪しても夢はまだ叶わなかった。

「現役で落ちた時は、こんなものかと思いましたが、一浪の時には根を詰めすぎていたので、さすがに医者への道を挫折しかけました」と山本先生は笑う。

 2浪目は「好きなように受験勉強をしよう」と開き直ることにして、一日中、数学と物理ばかりを勉強した。結果的には精神衛生上も良かったようで、北海道大学医学部に合格した。将来を目指すべく専門は漠然としていたが、大学時代に関わったクラブ活動は、これからの山本先生の医者としての道に大きな影響を与えた。
 

 大学では二つのクラブ活動を掛け持ちしていた。ひとつは運動部系で、北虎流空手部(医学部空手部)。投げあり関節技ありの武術空手部で、高校時代から続けていたスポーツだ。今でも時折、技を磨いているという。

 そしてもうひとつが、国際医学連盟(IFMSA)という団体だった。同連盟は第二次大戦後に欧州で設立されて、フランスの世界医師会に本部がある。世界116の国と地域から123団体、120万人の医学生からなる非営利で政治的中立のNGOだ。日本は1961年に加盟している。

 山本先生は、大学5年生の時に、日本支部代表という重責を務めたが、先生は一貫して「性と生殖・AIDSに関する委員会」に所属して国内外で活躍した。

 国内では、中学や高校に性教育の出前授業を行ったり、全国の医学生を対象に性的弱者(セクシャル・マイノリティー)への知識と理解を深めてもらおうと活動してきたりした。差別や偏見をなくすためにHIV陽性者、AIDS 患者とその周囲への人たちの支援を行うNPO法人レッドリボンさっぽろにも出入りして、ブースの出展やマーチへの参加も続け、その際に山本先生自身も女装することもあった。

 世界会議に参加する機会にも恵まれ、チェニジア、カナダ、デンマーク、インドネシア、インドと駆け回ってきたという。
 
 

卒後臨床研修センターの研修標準プログラムではB コースを選択


 大学時代の活動は、山本先生に大きな影響を与えた。専門も北大病院の泌尿器科を自然と目指すようになり、同卒後臨床研修センターで研修医として勤務することにしたという。

 研修プログラムは、先に外部の協力病院で一年間研修を行うBコースを選択。

2年目により専門的な分野でじっくりと研修したかったから」と山本先生は話し、さらに動機をこう続ける。

「わりと一般的に研修医はいろいろな手技をやりたがるのですが、手技はこれからの医者人生で嫌というほどやるだろうと考えました。それならばまだ27歳なので、頭の柔らかいうちに腰を据えて勉強したり、物を深く考える機会があったりした方がいいのかなと感じて、北大病院にしました」

 そして「たすきがけ」の協力病院には、札幌市東区にある天使病院で初年度研修を行った。

 天使病院を希望した理由は、臨床研修プログラムの責任者である外科・小児外科の山本浩史先生の人柄に惹かれたというのが大きかったという。

「大変に熱血で北大病院消化器外科Ⅰ所属のドクターです。小児の外科症例が多いこと、産科医療や新生児集中治療の設備が非常に充実していること、病院全体の雰囲気が大変良いこと」と山本先生は語る。

 天使病院で外科、救急、内科、産婦人科、麻酔科とまわり、一年間の研修を積み、現在は北大病院で2年目を迎えている。
 
 

北大病院での研修の長所短所


 北大病院での研修は、インタビュー時点ではまる4ヶ月ほどしか経っていないものの、良い面として「指導体制の充実」と山本先生は最初にあげる。

「1人の患者さんに対して、どういう所見があるからどういう診断をして、どのくらいの重症度だからどういう治療をするかというプロトコルをしっかり深く勉強、考察させられます。その分、知識も定着しやすいですから」と山本先生は理由を口にする。

 逆に手技の機会が大学病院では少ないと指摘もする。

「どうしても後期研修医の先生が優先で手技が入りますから」と山本先生は説明し「でも、そこには不満は感じていません」と話す。

 研修医セミナーも充実している。毎週火曜日に行われ、講義の他に研修医が様々な所見のある患者を診て、どういう診断を下せるかという鑑別診断もある。その雰囲気は病名を探り当てていく「総合診療医ドクターG」というNHKの番組に近い。

 が、現在(2015年8月5日インタビュー実施)、山本先生は産婦人科の生殖医療グループでの研修中。施術がセミナー時間と重複するためジレンマを感じることも多い山本先生は苦笑いする。しかし、社会人生活ではジレンマはつきもの。限られた時間の中で最大限の収穫を狙う。
 

 また、山本先生は北大病院で「日進月歩で変わっていく医療の現場のあり方を肌で感じる」と感想を口にする。

 例としてあげたのは重症の難治性のネフローゼ症候群。山本先生は「リツキシマブという薬を使うのですが、僕が学生時代には一切知らなかった。この一年で、北大で症例数を徐々に増やしていて、すごいなあと思います。道内でも日本でもあまり行われていない最先端の治療を先頭きってやっています」と魅力を伝える。

 その一方で大学病院での研修を煩わしく感じることもあるという。先に市中病院で研修を受けていたからこその肌感覚なのかもしれない。そのひとつが「手続き」だという。システムがしっかりしすぎているために、すぐに行いたい検査も手続きが煩わしく感じる。

「ちょっとエコーをあててみようか」と思っても、なかなか出来ないこともあったという。

「市中病院では救急外来にエコーが置いてあったので声をかけて持っていき、自分たちでできました。CT 検査をしたい時も、電話をかけて『お願いしまーす』で出来ましたが、今はすぐにできなかったりします。 また、オペの執刀や前立ち(第一助手)には、あたる可能性は低いかもしれません」と山本先生は話す。

 だからといって決してマイナス面には捉えていないという。

「僕の場合は最初からがつがつやらせて欲しいと思っていなくて、しっかり勉強したい方ですから。プライベートも大切にしたいですからね」と山本先生は優しい口調で言葉を紡ぐ。
 

 北大病院での研修の魅力を最期にもうひとつ山本先生は付け加えた。それは放射線科をまわった時に感じたというのだ。

 市中病院では放射線科の医師が常駐していないところが多く、山本先生が先に世話になった天使病院ですら週に1日出張医が来て、まとめて読影していた。

 山本先生は続ける。「CTやMRIを行うと放射線科医が全身の臓器を全て初見で拾い上げて読影レポートを作成します。北大では常勤の放射線科医が沢山いるので、系統立ててしっかりと教えていただけたので、すごく良かった。(北大の)放射線科は、世界的に有名なので、大変に良い環境で研修できたと思っています」

 

研修先での悲喜こもごも


  医者になってまだ3、4ヶ月ごろ。それまでにも関わっていた患者の死を見つめたことが何度かあった。その死を全て受け入れることができていた。

 しかし、あるおばあちゃんとの出会いと死は、今でも悲しい気分になるという。

 天使病院での受け持った患者さんで、とっても仲良くしてくれていた。しかし、文字通り「あっ」という間に病状は悪化し、山本先生は心肺停止で呼ばれて患者さんのもとに駆けつけた。見守る家族の中に、まだ小さな孫がいた。

 山本先生はその家族のためにもと必死に心肺蘇生を続けた。孫がおばあちゃんの足下に寄って来て「まだ死ぬ時じゃないでしょう」と涙声で何度も訴える。

 ダメかもしれないという思いと何とかしたいという思いが交錯する。が、二度と息を吸い込むことはなかった。

 あまりにも必死すぎたのか、指導医から「もう止めよう」と制止されるほどだったという。

 おばあちゃんの命を奪った病気は、間質性肺炎。山本先生は「なかなか治らなくてすぐに亡くなってしまう病です。僕は今でもその病気が大嫌いです。一番嫌いな病気は?と聞かれたら、それですね」とかすかに鼻が詰まったように話した。

 逆に嬉しいことは、看護師さんからたくさん教わっていることをあげる。山本先生は、「最初の頃は注射一本、採血にしろ、電子カルテの使い方ひとつにしろ、看護師さんから教えてもらうことがほとんどでした。特に患者さんは医者ではなく看護師さんに本音をさらけ出します。僕たち医者にはほとんどありません。アットホームにコミュニケーションを取れる環境は嬉しいです」と目を細めた。

 

後輩へのメッセージ


  北大の医局に入ろうと思っている人には、ここがお薦めです。じっくり腰を落ち着けて勉強したり、論文を読んだりすることは市中病院での研修では忙しくてできません。大学病院での研修の良さは教育環境にありますからね。他科に顔を売ることもできるのが強みです。

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