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No.02 倉谷 友崇(H27 Aコース)

研修医NO.02 倉谷 友崇(くらや ともたか)

プロフィール

 













1986年 北海道江別市生まれ

◉北嶺高校卒業後、岐阜大医学部入学

2014年3月 同大卒業

2015年4月から北海道大学病院で初期臨床研修医



 医師になるには、並大抵の努力だけでは叶わない世界だと思う。医学部の高難易度な入学試験に始まり、CBT・OSCE、卒業試験、医師国家試験と常に勉学に励みつづけなければならない。だからといって努力の結果が常に伴うものではない。医師の多くは、大学医学部の受験で浪人を経験している。もちろん現役組も全体の半数近くはいるが、4人に一人は2浪以上している多浪組だ(2010年度文科省の統計情報より)。

 もとより名医の条件は受験・試験の達人ではない。今や冠動脈バイパス手術の名医と言われる天野篤先生も偏差値50未満からスタートして3浪の末に日本大学医学部に入学している。

 今回、紹介する倉谷先生はいくつかの試練を乗り越えて、今春、晴れて医師となり、当センターで初期臨床研修に勤しんでいる。将来の名医は、ひょっとして倉谷先生のような経歴から生まれたりするのかもしれない。
 

 倉谷先生の人柄のエピソードなどを交えながら、北海道大学病院での初期臨床研修の面白さをうかがった。

 

浪人、留年、医師国家試験不合格の試練を乗り越えて

 
札幌の進学校を卒業後、2浪の末に岐阜大学医学部に入学した。高校時代は先生から「お前、医学部なんかやめて、他を目指せ」と言われるほど成績が悪かったという。「だから二浪もしてしまったのです」と倉谷先生は苦笑いする。

 医学部に入学したものの、連日クラブ活動の軟式テニスに打ち込みすぎたせいもあり、ついに大学3年生の時に留年をしてしまったという。内分泌の試験をクリアできなかったそうだ。
 

 試練はそれだけで終わらなかった。極めつけは大学7年目の卒業年。倉谷先生は北大病院卒後臨床研修センターの内定をもらっていたものの、医師国家試験に落ちてしまったのだった。

「自己採点では、臨床等は合格点に足りていたのですが、一般問題を単純な知識不足で落としてしまいました」と当時を振り返る。自己採点によると、たった3点で泣くことになったという。

 卒業後はやむなく地元に戻り、大学時代に作った国家試験対策ノートを復習しなおしたり、過去問題集を解いたり、年4回ほどある模擬試験を受験したりしながら本番を目指した。

 

プライマリーケアをしっかり診られる医師になりたい

 

 医師を目指して苦節10年。この春から念願の医療現場に医師として立つことができた。

 その第一歩として北海道大学病院を選んだ理由を倉谷先生は、たすきがけのシステムと最初にあげる。たすきがけシステムは、今や多くの大学病院が導入しているが、倉谷先生は「出身の岐阜大も国立だったので、同じ国立の北大にしました」と動機を話す。
 

 研修は、標準プログラムのAコースを選択。消化器内科・内視鏡グループでの2ヶ月の研修をかわきりに、神経内科2ヶ月、精神科1ヶ月と続き、9月から産婦人科の研修に入った。

「研修は単純に楽しい」と倉谷先生は感想をまず口にして、こう続ける。「分からないことだらけなのですが、研修医なのですぐに質問しても許されます。基本的には優しい先生ばかりなので、いろいろ教えていただいています。そしてまた質問するという繰り返しですけど」。
 

 もっとも叱られることも時々、あったという。

 医師になって間もない内視鏡グループでの研修時。4月に何度も教えてもらった手技が翌月になっても内視鏡操作が上手くできなかったそうだ。

「慣れないので最初は難しいですよ」と倉谷先生。けっしてめげるタイプではない。

「指導の先生は怒ってもその後、特に厳しく接するということもありません。普段は優しいですからね。むしろ怒られず何も言われないまま、内視鏡を触らせてくれない(ネグレクトされる)方が辛いでしょうね」。

 
  医師になって何よりも嬉しいことは、患者さんが良くなっていく様子を見ることだという。

「僕が直接処方していたケースではないのですが、目に見えて調子が良くなって喜んでいる患者さんの姿をみると嬉しいです」と倉谷先生は目尻を下げる。

 医師になったと実感したのは、ローテート2カ所目の研修先の神経内科。

 倉谷先生は「入院を取るところから全部フルセットで行いました。検査なども含めて行うので医師として働いている感がありましたね」と声のトーンを上げる。
 

 倉谷先生は、医学生時代から内科に漠然とした希望を抱いているが、未だに自身の将来像をうまく描けていないという。

 しかし今後、どの分野に進むとしても「プライマリーケアをしっかり診られる医師になりたい」と倉谷先生は確固たる思いを口にする。

「総合内科医を目指している訳でもないのですが、そういう勉強(プライマリケアー)をしなければいけないと感じています」。

 大学病院で研修を受けているからこそ、より強く感じているのかもしれない。

 なぜならば大学病院は「敷居の高さと専門性」があるからと指摘する。

「普通の病院ならば、腰が痛いだけでも患者は来ます。しかし大学病院にはちょっと腰が痛いくらいでは患者は来ないと思います。自分でも(その程度で)大学病院で診てもらうには敷居が高い。『これはまずいかも』という時には大学病院かもしれませんからね」。

 総合的に診る医療を志す、あるいはそれを研修の重きに置こうとしている新人医師には、役割の違う大学病院での研修は物足りなく映るかもしれない。
 

 実際に倉谷先生は「大学病院では市中病院にくらべてまとまってプライマリーケアを経験する機会に乏しいので、(たすきがけで市中の協力病院に)二年目研修医として赴任した際、出遅れた状態で行くのは心配ですね。4月に市中病院からスタートしている同期の医師の方が、現時点ではもしかしたら手技的には僕より医師として動けるかもしれません」と焦りと不安を口にする。が、その口調は決して不満を帯びたものではない。言葉はさらに続く。「やはりそれは大学病院の研修の特色なのかもしれません。それを何とかしようと研修センターの方々や各科の先生方も工夫して下さっています。二年目に自分で(プライマリーケアを)埋めようと思っています」

 
 その逆に大学病院では専門性に長けた医師の存在の大きさに目を見張っている。

「実質5ヶ月の研修しかまだ受けていませんけど、各部門にプロフェッショナルがいます。胃炎だったらヘリコバクター・ピロリ胃炎に特化した先生とか、神経だったら有病率が0.106未満という珍しい病気の人を診られたりする先生とか。市中病院にはなかなかいらっしゃらないと思います」と倉谷先生は話しながら、途中で「たすきがけのメリットはそこですね」と自身が再確認するように話す。
 

 続けて、倉谷先生は「でも大学病院でのこういう専門性ある研修やケースに触れることも大事だと感じています」と大学病院ならではの、研修の魅力を口にする。

 今後は麻酔科、救急、外科、内科Ⅱ(内分泌糖尿グループ)をローテートする予定で、来春からたすきがけの協力病院で2年目の研修を予定している。

 

後輩へのメッセージと初期臨床研修を受けるにあたっての心構え

 

とにかく今の学生生活を楽しんで欲しいです。大学の部活の先輩後輩の関わりがこの世界でも役にたってきます。働き始めると休みもなかなかとれなくなりますからね。

 医師国家試験の浪人生活はなかなかきついですよ(笑)。国公立は90パーセントが合格しているので、特に落ちたダメージは大きかったです。ですから国家試験は一発で通った方が良いです。
 

 僕みたいに今後の進路をどうしていいのか分からない人、迷っている人はとりあえず大学病院でたすきがけ研修を組み合わせるといいです。

 一年目は大学病院のしっかりした指導体制の中で学びながら、協力病院の情報を集めるというのも良いと思います。

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